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人権教育への運動に感謝!

学校での人権教育への取り組みも年々独自色の強い運動として
実施されてきていることは、大変に嬉しいことである。
 子どもの人権を守ることとは、子どもの命に、人としてのありようへの
育みとしての種まきをして、芽を出したら、その育成までの作業であり、
力のいることである。ゆえに運動で総合的にやらないと途中での少しの
アクシデントで直ぐに終わってしまうことにもなることもある。
 この度、小学校の低学年等による人権運動「あったかい言葉かけ運動」
の報告を可児市立東明小学校(渡辺泰司校長)より井口人権担当教諭に
より本センターに報告いただき成果を拝見させていただいた。
 このことへの返礼として10日に、「感謝のポエム」と銘打った色紙を校長
宛にお渡し申し上げてきた。

 内容は、一年生等の文章は、たどたどしさはあるものの、身近の友だちや
地域人・家庭の兄弟・親等の極(ごく)ありふれた光景を見聞きしたことを、あったかい
ことと感じて書かれていた。
 この点も校長先生とも話し合が、こうした「そばにあり」、むしろ「些細なこと」なのにと、大人が感じるかもしれないことを書かくことの繰り返しの中に本来の人の豊かさへのエッセンス(本質的な)の芽が出始めきた証拠である。との先生の確信話も、全く一致して嬉しかった。
 子どもも、高等学年になると人の目を見て、本当の心の内を明らかにしないし、
またできない要素を感じて体裁づくりの文になり易いとの話し合いもさせていただいた。
いかに幼児・小学校教育が大事であるかを話し合うことができた。
 学校現場に投げかけることは、多く有るだろうが、どれだけ実情の理解なしに言い
はなっているかも考える点もあろう。共に物理的な時間の中で動いているし、共に生活を
抱えている点も同じである。
 それは、一般でも同じと言っても、人を育てる教育は、その人を捨てる、また評価を下げておればいいということはできない現場であり、一歩も担任として逃げることもできない現場であるのだ。
少子化の今、数少ない先生への負担は、本来の役目まででき難くしてはいないか心配な
のである。「何があってもやり切る覚悟を捨てないでやる所に知恵は湧いてくるもの」との
「マンゼラの叫び」は忘れないでいようと思う。(y・k)