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平和こそ、尊きものなり!

  1945年今から68年前の昨日の8月6日と明後日の9日は、忘れじし原爆の日である。阿鼻地獄の様相の中、苦しんで、苦しんで亡くなった多くに犠牲者に合掌してご冥福を祈った。
28万6,818人が広島、約14万9,000人が長崎で約44万人が原爆による犠牲者なのである。約などと言い表わすことはとんでもないことと思いながらーー。
この多くの一人ひとりの懸命に生き切った生涯を綴ったら膨大な半生記になろうに—。
生き残った人も10年たったら白血病で死に、20年たったらガンに侵されて亡くなった人も多いと言う。
一瞬でこれだけの大量殺人を犯した罪は、永遠に人類史に残されたのである。
ナチスドイツでのホローコストでの約650万人の残酷な殺人と同様な無差別殺人であったのだ。
原爆には、ウラン型とプルトニウム型があるが、アメリカの当時の大統領トルーマンは、プルトニウム型の実験成功を見て投下の決意をしたと言う。広島には、成功していないウラン型の実験の場所にしたと言う織者もいる。広島はウラン型だったのである。
 実験での恐ろしさは、視て充分に承知していたと言う。
 多くの携わった科学者も投下には反対をしたと言う。投下6年前の1935年初めてウラン35が核分裂すると発表したニールス・ボ-アはさえ大統領に直接やめるように会談しているが辞めなかった。またドイツのナチスが核保有することに懸念を持って、抑止としての情報を入れたアンシュタインやレオ・シラードさえ投下などとんでもないと反対をしたのである。
 アメリカ人は、投下の理由を真珠湾攻撃されたからという人が多いという。また早く戦争を終結させたいからともいう。それでは、長崎にまでどうして落としたのかの理由が分からないのである。
「戦争は、そもそも国民を守る大義を表面に立てた一見もっともだと思わせる狂人化した命をひた隠しにした国の指導者の智慧の破戒の上におこる」とは、あのヒットラーを評してしみじみと言う織者の声でもある。
 広島の松井市長の言った「原爆は、絶対悪である」と師子吼(ししく)した戦後の焼け野原に立つ人がいた。この人は、「人間の生存権をことごとく踏みにじる行為であるがゆえに、原爆をつかうものは、悪魔であり、サタンであり、人間ではない」と言い、人の命の中に巣を食う最悪な命の傾向性を喝破している。
 また市長は、原爆での身心の傷や差別・偏見を乗り越えた体験を語った。
 幼少の頃、顔のケロイドのため嫌われたりして差別を受けたり、また「ピカ・ドン(原爆症)は、うつる」との偏見により、仲間入りできない少年もいた事実を知っている。火傷の女性は、多く自殺をした事実もある。ゆえに日本では、当時米国にもない世界初の「人権擁護法」が施行され人権擁護委員が任命されたのである。
 あのB29の飛行機が青空の天高く遠くから近づいてくる重層な響きのメタリックな音が未だ耳に焼き付いている。今でも音だけ聞けばわかる。原爆を落とした飛行機の音である。遠くから悠然と銀色にぴかぴかと光りながら飛んでくるこの飛行機を忘れられない。これがあの原爆を落としたことなど、小さい自分には分かりようがなかったからだ。
 ともかく平和ほど尊いものはないのである。人権の活動も戦争の中では、成り立たないのである。
戦争の残酷さ、悲惨さの起こらぬよう人権意識の高揚こそ大事であり、ヒットラーの様な愚かな指導者のでないよう普段からの意識付けこそ大事であり、ダメといえる心の強さが必要なのである。
「愚かな指導者達に率いられた国民ほど哀れなことはないのである」 今だ世界にはそのことが起こっているからである。(y・k)