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新型コロナウイルス対応は、小集団化・ワンチームで!

庭の紅梅・白梅もいつもの通り、今年も咲き始め、啄(ついば)むメジロの姿もいつもの年のようである。こうした「生きとし生けるもの」の、いつもと変わらぬ流転の中に、突然の異端な事が起こることがある。

世界を恐怖におとしめているコロナウイルスは、単独では生きられないので、動物などの細胞内で増殖するという。そうした動物を食した人が、ウイルス感染者となって広がっているのが今の状態なのである。感染者の唾などの体液の飛散・接触で感染していき、電子顕微鏡で見なければ分からない極小のウイルスである。

とにかく過去に発生していない新型のウイルスであり、抗ウイルス薬もワクチン接種できないため、これを早急に造るための研究解明が始まったばかりである。
対応としてできるのは、広く感染しないように、集団を小集団化してバリア化する手しかなく、できやすい所からやるしかないのである。

日本で実施した、学校の休校について論議があるが、この考えは、武田信玄の信玄堤での川の氾濫を防ぐのに流量の分散化に似た対応である。防災士会で学ぶ、防災学上からも大切な土木理論と同じである。

子どもが発症しなくても、感染した症状が出ていないだけで、体力の弱い高齢者や免疫力の弱い人に感染しやすく、この高齢者等が源で更に広がること事が怖いのである。子どもに感染させないことが先ず第一である。時として当然の措置であろう。
抗ウイルス薬ができるまでの意識流布対応には、一括多面的なこの種の方法が有効的である、これ以外には他に防ぐ手がないのである。どの手を使っても生活に影響のでることは、生活空間のことで同じであるからである。
大勢の会合の中止等あらゆる人が集まることを少なくするしかないのである。

当初感染ルートをたどりながら、感染の可能性のある濃厚者の唾液検体を実施したうえで、陽性者を見つけ出していたが、通りすがりでの感染となる人が出ると、感染ルートを追えず、濃厚感染の可能性者を見つけることが限界となった由に非常事態なのである。
国民全員が一致団結してこれに立ち向かえていくことが、今やることであろう。

人権での個人の自由は、憲法での「公共の福祉」論が適用なるとすれば、全ての自由が許されないこともあるのである。
学校休校等の小集団化は、国民の団結で!ワンチームの精神で!乗り越えよう!                          2月29記(y・k)