2013年2月13日雪道での譲り合い
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今日、起きてみると一面に雪化粧であった。
譲り合いの大切さを感じることがあった。
出勤をいつもより早めにして、家を出た。
雪の坂道で起こる渋滞を予想したからである。案の定、起こった。
3台前ぐらいに走る車がのろのろ運転していたからだ。
早めの出勤であったので、特段に気があせることはなかったが、すぐ後ろの車
の人は、急いでいる様子で、いやに自分との車間距離を縮めてくることが気になった。
その車の後ろに2台ぐらい並んでいたからかもしれないが。
やがて坂道を終わり信号の時先頭車両が左に曲がるのが見えた。
どうもタイヤは、ノーマルタイヤであるようだった。結局いつもの時間に職場に着いた。
この運転手は、どんな人か知れないが、自分の後ろに6台もの車が並んでいたら
察知して道の側道にいったん止めて、「お先にどうぞ」と譲るべきであったように思った。
ノ―マルタイヤは、雪道だけでなく、冬での走行には危険である。
危機管理の上からも、人に迷惑かけることからも互いに守りたいもの。
筆者は、防災士の資格を2008年に取得していることもあり、常日頃の回りに発生する
只事ならないことを感知する意識は、訓練されてきた。
しかし特に難しいのは、人の心の動きから来る管理である。
車を運転するのは、人だからである。通常管理からの対応とすれば、
規制を法又は条例で雪道又は冬期では、スタットレスタイヤをこの地域を
運行する時には、必ず付けることと義務規定することであろう。
またタイヤの減り具合の管理も規制に加えれば取り締まりができることである。
ところが、こうしたことをしたから安全かと言うと必ずしもそうとも言えない。
人の心からの管理には、運転の慣れ具合・体の状態(体調・精神・年齢等)により
変わってしまうからである。
こうした変化要因を克服するには、本人の危機意織の強弱以外に求められないのである。
このためには、「危ないことを言って聞かせ守ってもらう」ことしかなく、運転教習での
訓練と同じなのである。
雪深い高山市に一時住んだが、皆スタットレスタイヤを付けているのが当たり前である。
のろのろ走ると警報が鳴るのである。
生活に根差した文化であるから「地には地に従え」なのだ。
雪の予報等のj状況変化に危険を感じたならば、せめて車の通らない道を選ぶか・時間帯
を選ぶことも交通マナーであり、いかに「人に迷惑をかけない」の意識度合いが大切なのである。(y・k)