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感動と希望ヘの「平和の祭典」

 ブラジルのイオデジャネイロでのオリンピックがたけなわである。

日本のアスリートの大活躍で、テレビのチャンネルが壊れる位に切返し観ている。

世界206ケ国から約11000人の選手が参加して、28競技306種目に挑戦していると言う。

これ程の選手が、4年に一度の祭典に競うために、それぞれの国の団体が厳しい資金等の中で参加していると言う。鍛錬を重ねて自国の栄誉のために戦う姿は高貴である。

大地の果てから参加するため金を捻出して、自国を忘れないでと懸命に闘う姿に感動する。ここには、友情の世界があり融合された人の心がある。

この地球上に同じ人間として生まれても生れる国により、多く貧富の差等の違いがあってよいものだろうかと考えて、近代オリンピックは生まれたのである。

ゆえに五輪の下では、すべてが平等であり「世界は一つ、心は一つである」とのスローガンなのです。

オリンピックを提唱した「ピエール・ド・クーベルタン」の希望は、「世界の平和」のためにあり、世界中の人々が集まり差別なく友情を高め交流することで平和を築くためであったのです。

運動は、だれでも出来るし参加しやすいのでスポーツにしたのです。だから「平和の祭典」と言うのです。

日本からの338人の選手の多く人が言うことは、これまでも、度重なる様々な苦難を経ながら、多くの人との奇(く)しき縁(えにし)によって励まされ苦しく辛い練習に耐え来たと言っています。

一つのことに精励し成就するには、どんな烈風にも負けない強さと優しさで根を張り生き切った人ののみに天は、栄冠を授けるに違いないのです。

「内村航平」選手等メダリスト達が、笑顔で何げなくいう一言「今一番幸せである」という。この感慨こそが極限の「鍛錬辛苦」を為し得た人間が言う言葉であり感動するのである。

それは、人間が何のために生まれ、それを守り得た人が感得できる人権の本義の「人間が人間らしく幸せに生きるためのもの」に符号するからである。

リオでのさらなる健闘を祈ります。

多くの希望と感動・幸福をもたらす4年後の東京を目指すアスリート達に、また乾杯。(y・k)